年の終わりが近づく頃、暮らしのリズムはどこか少し違って感じられます。人々は相変わらず忙しく行き交い、仕事も決して楽にはなりません。それでも心のどこかに、ふと静かな間が生まれます。それは歩んできた道のりを振り返るための間であり、成功や失敗を超えて、私たちの胸にいちばん深く残るのは、人のぬくもりだったのだと気づく時間でもあります。
ベトナムには、水を飲むときはその源を忘れてはならないという教えがあります。素朴なこの言葉は子どもの頃から耳にしてきましたが、日々の忙しさの中で本当に実践することは簡単ではありません。けれど一年の終わりが近づくと、自分がどれほど多くの優しさを受け取ってきたのか、そしてまだ十分に「ありがとう」と伝えられていないことに気づかされるのです。
人生とは出会いの連なりです。風のように通り過ぎる出会いもあれば、長く心に残るご縁もあります。初めて交わした握手、混んだバスで偶然隣に座った人、夜更けまで語り合った時間。人生に現れる一人ひとりが、何かしらの跡を残していきます。喜びをくれる人もいれば、教訓を与えてくれる人もいる。そして黙って後ろから支え、転んだ私たちをそっと起こしてくれる人もいます。
ベトナムの大詩人グエン・ズーは、心の価値は才能よりも重いと詠みました。結局のところ、誰かを忘れられなくするのはその人の能力ではなく、私たちが弱っているときにどのように接してくれたかということなのです。成功しているときの称賛の言葉より、つらい時期にもらった一言の励ましのほうが、ずっと心に残ることがあります。
一年を振り返れば、誰にでも平坦ではない道のりがあったはずです。仕事での挫折、家族との別れ、言葉にできない不安や悲しみと向き合った日々。それでも「もう進めない」と思えたそのとき、きっとどこかから差し伸べられた手があったのではないでしょうか。遅くまで帰りを待ってくれた母の食事、心配そうに見つめる父のまなざし、久しぶりに届いた友人からのメッセージ、あるいは疲れた帰り道で席を譲ってくれた見知らぬ人。
空腹のときにもらう一口は、満腹のときのごちそうよりも価値があるという言い伝えがあります。本当に必要なときに受け取った優しさは、特別な重みを持ちます。それは目の前の困難を乗り越えさせてくれるだけでなく、この世界にはまだあたたかさがあるのだという信頼を、再び心に灯してくれます。
年の瀬は、両親のことをいっそう深く思う季節でもあります。季節が巡るごとに髪は白くなり、年月とともに背中は少しずつ丸くなっていきます。それでも子どもを見つめるまなざしの優しさは変わりません。多くの親は大げさな愛情表現をしません。ただ黙々と働き、子どもが自分より良い暮らしを送れるようにと、こつこつと積み重ねてきただけなのです。父の恩は山のように高く、母の情は尽きることのない水の流れのようだという言葉があります。その意味を本当に理解するのは、大人になってからなのかもしれません。
親への感謝は高価な贈り物ではなく、家族そろって食卓を囲む時間や、こまめな電話、昔話に耳を傾けるその姿勢に表れます。私たちの時間はまだ先が長いと感じられても、親の時間は確実に短くなっています。私たちがそばにいること、それ自体が何よりの贈り物なのです。
家族のそばには、人生を共に歩む伴侶がいます。四季の移ろいの中で、喜びも苦労も分かち合ってきた存在です。結婚生活は物語のようなロマンだけではありません。慌ただしい朝、支払いの心配、意見の食い違い、子どもの将来を案じる夜。それでもそのすべての中で「一緒にいる」と選び続けてくれる人がいるのです。
夫婦が心を一つにすれば大きな海さえも越えられるという言葉があります。その支え合いが、嵐の中でも家庭を守り、外の世界で疲れた心を休ませる場所をつくってくれます。伴侶への感謝は、さりげない一言のねぎらい、そっと抱きしめるしぐさ、言葉にならない疲れを察して寄り添う気持ちに込められます。
もし幸運なら、人生には何人かの本当の友も現れます。毎日会わなくても、長い説明をしなくても、目を見れば通じ合える存在です。夜中に弱音を聞いてくれる人、無謀な決断をしそうなときに止めてくれる人、そして成功を自分のことのように喜んでくれる人。そんな友は人生の宝物です。
友がいるからこそ世界は広がり、自分を見つめ直すことができます。にぎやかな街の中で孤独に沈みそうなとき、そっと引き上げてくれるのもまた友の存在です。
そして子どもたち。甘く、同時に大きな責任を伴う贈り物です。子どもは白い紙のようにまっさらで、壊れやすく、それでいて無限の可能性を秘めています。私たちは歩き方や言葉を教えますが、忍耐や無条件の愛、ゆっくり生きることの大切さを教えてくれるのはむしろ子どものほうです。
子どもの成長を見守るなかで、世代はつながっていくのだと実感します。子どもに感謝するのは、恩返しを期待するからではなく、その存在が私たちの人生をより豊かで意味深いものにしてくれるからです。
そして忘れてはならないのが、自分自身への感謝です。この一年、何度も不安に揺れ、立ち止まり、もう無理だと思った瞬間があったはずです。それでも私たちはここまで来ました。まだ呼吸をし、まだ希望を抱き、まだ夢を見ようとしている。それだけで十分に誇っていいことなのです。
鉄の棒も磨き続ければ針になるという教えがあります。毎日の小さな努力や踏ん張りは目立たなくても、未来を形づくる土台になっています。自分に感謝することはうぬぼれではなく、ここまで歩いてきた自分をきちんと認めることなのです。
さらに、顔も名前も知らないけれど、私たちの平穏を支えている人たちがいます。遠い地で国を守る人、夜通し働く医療従事者、街が眠る間に道をきれいにする人たち。彼らがいるからこそ、私たちは安心して学び、働き、家族と過ごすことができます。
年の終わりはまた、自分が周囲の人にどう接してきたかを振り返る機会でもあります。親に十分優しくできただろうか。伴侶の話にきちんと耳を傾けただろうか。友人に誠実でいただろうか。子どもに穏やかに接することができただろうか。感謝は心の中にあるだけでなく、日々の行動として表れてこそ意味を持ちます。
人と人との情を大切にする文化は、忙しい現代社会の中でこそ必要とされています。年末のあいさつや贈り物、ささやかな気遣いの一つひとつが、人の心を結び直します。
新しい年が近づくとき、私たちはまた新たな一歩を踏み出します。でもその前に、少し立ち止まり、電話をかけたり、メッセージを送ったり、目の前の人に「あなたがいてくれてありがとう」と伝える時間を持ちたいものです。
結局のところ、一年の価値を決めるのは収入や肩書きではありません。どれだけ人を愛し、どれだけ愛を受け取ったか。それこそが心の奥に残るものです。
静かな余韻の中で一年が終わり、新しい希望とともに次の年が始まります。どこへ行こうと、何をしようと、愛と感謝の根っこを忘れずに歩んでいけますように。


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