細い通りの突き当たりに、狭い店が一軒あった。色あせた木の看板には、「時計修理・電池交換・分解掃除」と書かれている。通りの人々は、そこをラムさんの店と呼んでいた。店の扉は、並木にまだ朝露が残る早朝に開き、街灯が灯り始める頃に閉まる。四十年以上もの間、ラムさんは腕時計、振り子時計、目覚まし時計、さらには、かつて家族の誰かのものだったという理由だけで保管されてきた古い時計まで、さまざまな時計に向かって身をかがめてきた。
彼の目は次第に見えにくくなっていたが、手は今も驚くほど正確だった。不規則なチクタク音を聞くだけで、どの歯車がずれているのか分かった。進みすぎる時計があれば、遅らせる方法を探した。遅れる時計があれば、機械の中の小さな埃まで一つ一つきれいにした。彼は時計だけでなく、忘れ去られた年月までも修理しているのだ、と言う人もいた。
動こうとしない時計
年の暮れのある午後、ラムさんが懐中時計の裏蓋を外していると、若い女性が店に入ってきた。灰色のコートを着て、手には小さな木箱を抱えている。彼女は箱を机の上に置くと、言った。
「この時計を直していただきたいんです。ちょうど八時十五分で止まってしまいました」
ラムさんが箱を開けると、中には古い腕時計が入っていた。風防ガラスには傷がつき、革のベルトは濃い色に変わっている。彼は時計を裏返したり表に戻したりしながら、時針と分針を観察し、それから尋ねた。
「いつから止まっているんだい?」
「もうすぐ十年になります」
「それなら、どうして今になって持ってきたんだい?」
彼女はしばらく黙ってから答えた。
「父の時計なんです。父が亡くなったのは、私が家を出て学校へ行く日でした。八時十五分というのは、父が私をバス停まで送ってくれた時間です。何年もの間、箱の中にしまったまま、ちゃんと見る勇気がありませんでした。最近、母に、まだ持っていたいなら修理に出したほうがいいと言われて、それでこちらへ持ってきました」
ラムさんはそれ以上尋ねなかった。彼は時計をランプの下に置き、小さな部品を一つずつ外して白い布の上に並べた。機械は油が切れ、いくつかの歯車は酸化していた。修理はできるが、何日もかかるだろう。女性が帰る前に、彼は週末にもう一度来るよう約束した。
年老いた職人の習慣
その夜、ラムさんはその時計を家に持ち帰った。店の裏にある家には、居間が一つ、台所が一つ、そして窓際に寄せて置かれたベッドがあるだけだった。妻は数年前に亡くなっていた。一人息子は別の町で働いており、年に数回しか帰ってこられない。彼はいつも、自分は静けさに慣れていると言っていた。だが本当は、誰かを待たないことに慣れてしまったのだった。
居間の木棚には、大きな振り子時計が置かれている。それは妻が亡くなった日から止まったままだった。ラムさんは一度もそれを修理しなかった。生前、妻は毎週土曜日の夜になると、時計の埃を払い、ぜんまいを巻くよう彼に言っていた。妻が亡くなった後、家の中で振り子が揺れる音を聞くと、彼は空しさを感じた。そのため、時計を止まったままにしていた。
その晩、女性の時計を見ていると、ラムさんはふいに遠い昔のある朝を思い出した。その日、妻は玄関の前に立ち、食べ物の入った袋を手にして、彼の背中に向かって呼びかけていた。「今日はあなたの好きな料理を作るから、早く帰ってきてね」と。彼は夕食前には帰ると答えた。しかし、客の時計がひどく壊れていたため、予定より長く店に残ることになった。彼が家に帰り着いた時、食事はすっかり冷めていた。妻は責めることなく、黙って料理を戸棚にしまった。
あの頃は、「また明日話そう」「週末に行こう」「時間ができたら早く帰ろう」と言うことが、あまりにも多かった。そうした言葉は、ただ一つのことを遅らせるだけだと、人はよく思う。だが時には、それらがひそかに、かけがえのない機会そのものを奪っていく。
街から鐘の音が消えた日
翌朝、奇妙なことが起こった。ラムさんの店にある時計が、すべて止まっていた。壁に掛かった時計も、窓辺に置かれた目覚まし時計も、机の上のデジタル時計も、さらにはラムさんの古い携帯電話の時計さえ、時刻を表示しなかった。通りでは、バスが遅れ、店が間違った時間に開き、子どもたちはいつ教室に入ればよいのか分からず、人々が大騒ぎしていた。誰も、目覚ましのベルや、聞き慣れたチクタクという音を聞くことができなかった。
ラムさんは、きっとこの地区が停電したのだろうと思った。しかし、ぜんまい式の時計も動かなかった。彼は一つずつ修理を試みた。機械は壊れておらず、電池も残っていて、ぜんまいも張っている。それなのに、針は少しも動かなかった。
昼になると、前日の女性が戻ってきた。彼女は止まったままの時計の列を見て、尋ねた。
「何が起きているのか、ご存じですか?」
ラムさんは首を横に振った。
「たぶん今日は、時間が一日休んでいるんだろう」と、冗談とも本気ともつかない口調で言った。
女性は微笑んだが、表情はなお悲しげだった。時間が分からなかったため、母親との大切な約束に遅れてしまったのだという。二人は病院で会い、一緒に手続きをする予定だったが、彼女が遅れてしまった。母親は怒ることもなく、廊下の長椅子に座って待っていた。
それを聞いたラムさんは、自分の言葉がもう軽い冗談ではないように感じた。時計のない一日は、人が数字にどれほど頼っているかを気づかせることもある。しかし同時に、大切なものは針が何時を指しているかではないと教えてくれることもある。残念なのは、一度遅刻したことではない。必要な出会いを、何度も何度も先延ばしにしてしまったことなのだ。
ドライバーでは直せないもの
その日の午後、ラムさんは女性の時計を修理し終えた。小さな歯車を一つ交換し、油を差し、風防ガラスをきれいにした。彼がぜんまいを巻くと、秒針は一歩進み、それから八時十五分のところで止まった。
女性は時計を見つめ、目を赤くした。
「まだ動きませんね」
ラムさんは時計を手に取り、耳を澄ました。確かに機械は動いているのに、秒針は文字盤のある一点を越えられなかった。彼はもう一度分解して調べた。針の軸にごく小さな亀裂があり、それが引っかかっていた。無理に直すなら軸全体を交換できる。しかしそうすれば、時計の本来の一部が失われてしまう。
「新品のように動く時計にしたいかい。それとも、お父さんの時計をそのまま残したいかい?」と彼は尋ねた。
女性は長い間考えた。
「この時計を、もともとの姿のまま残したいです。でも動いてほしいんです。見るたびに、父が亡くなった日だけを思い出すのではなくて」
ラムさんはうなずいた。彼は小さな部品を交換したが、風防ガラスに残る古い傷は消さなかった。時計が再び動き始めると、秒針は八時十五分を通り過ぎ、ゆっくりと、しかし確実に進んでいった。
「時間を巻き戻すことはできない」と彼は言った。「でも、今日から別の時間を始めることはできるよ」
女性は時計を手に取った。帰る前に、彼女は、家にある振り子時計がなぜ止まったままなのかと尋ねた。ラムさんは、自分がその話をした覚えがなかったので驚いた。彼女は棚に置かれた古い写真を指さした。そこには、店の前に立つラムさんと妻の姿が写っている。
「時計の文字盤に埃が積もっているのが見えたんです」と彼女は言った。
その夜、ラムさんは何年ぶりかで、振り子時計を掃除した。風防ガラスを外し、ぜんまいを調べ、振り子を正しい位置に戻した。機械は古く、いくつかの部品は交換が必要だったが、救えないほど壊れてはいなかった。彼は明け方近くまで作業を続けた。時計の針が動き始めると、静まり返った家の中にチクタクという音が響いた。
言葉にされた約束
翌朝、街中の時計が一斉に動き始めた。なぜ止まったのかを知る者はなく、なぜ動き出したのかを説明できる者もいなかった。人々はすぐに、仕事の予定やバスの便、約束の時間がある日常へ戻っていった。ただ一人、ラムさんだけは、その日から一つのことを心に留めた。彼はもう、簡単に「また今度」と言わなくなった。
彼は息子に電話をかけ、言った。
「今週末、帰ってこられるかい? 一緒にご飯を食べたいんだ」
電話の向こうで、息子は数秒間黙ってから、何かあったのかと尋ねた。ラムさんは、深刻なことは何もない、ただ、二人ともまだ時間をやりくりできるうちに息子に会いたいのだと答えた。
数日後、女性も母親を連れて店にやって来た。二人はラムさんに古い時計のベルトを交換してもらった。待っている間、二人は店の前の木の椅子に座り、これまで逃してきた出来事を互いに語り合った。女性は父親に再び会うことはできない。それでも、これまで一度も口にできなかったことを母親に話すことはできる。母親もまた、娘が遠くへ行っていた年月を返すことはできないが、今という午後に娘の手を握ることはできる。
時間は、分解してきれいに拭き、最初とまったく同じように組み立て直せる物ではない。起きてしまった喪失は、古い時計の風防ガラスのように、傷を残し続ける。それでも、傷があるからといって、思い出の品の価値が失われるとは限らない。その傷は、その品が確かに一つの道のりを歩んできたことを思い出させてくれるだけだ。
大切なのは、過去を大事にすることと、過ぎ去った一瞬の中で生き続けることを混同しないことだ。記憶を残しながらも、時計の針は前へ進ませなければならない。逃してしまった約束を悔やむことはできる。だが、まだ目の前に機会があるうちに、大切な人へ自分から電話をかけるべきなのだ。
それ以来、ラムさんの店には工具箱の隣に小さなノートが置かれるようになった。時計を一つ修理し終えるたびに、彼はその日にすることを一つ書き留めた。息子に電話する、早く家に帰る、古い友人を訪ねる、あるいは単に隣人と座ってお茶を飲む。彼はあまりに大きな計画を書かなかった。ぐずぐずしていれば、いつか願い事になってしまうかもしれないことだけを書いた。
夜になると、家の中で振り子の音が部屋から部屋へ、規則正しく響いた。通りでは、時計たちが時と分を刻み続けている。そしてラムさんは、時間の価値は、それが速く進むか遅く進むかにあるのではなく、人が手の中にある時間をどう使うかにあるのだと理解した。誰にも昨日を修理することはできない。だが誰もが、今日という一日に、気遣いの言葉や、一緒に過ごす時間、そしてもう先延ばしにしないという決断で、ぜんまいを巻くことはできる。


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