緑豊かな森のはずれに、雨上がりに芽を出した小さな木の芽がありました。その芽には、とても小さな若葉が二枚と、やわらかな茎があり、マムというかわいらしい名前がついていました。誰かがマムと名づけたわけではありません。初めてそれを見た年老いたフクロウが、「こんなに小さな木の芽には、誰もが呼びやすい、短い名前がきっと必要だろう」と言ったからです。それ以来、森の動物たちはみんな、その芽をマムと呼ぶようになりました。
マムは、いつも音で満ちている森の中で大きくなりました。スズメは枝の上でさえずり、茶色いリスは木から木へと飛び移り、子ウサギたちは乾いた落ち葉の上を走って、楽しいカサカサという音を立てました。少し離れたところでは、澄みきった小川が絶えずさらさらと流れ、岸辺のヨシの茂みは、風が通るたびにざわざわと音を立てていました。
けれども、その森には、あまり心地よくない習慣もありました。みんな話すのが好きで、耳を傾けるものはほとんどいなかったのです。スズメは小川の音に負けないよう、いつも大きな声で歌いました。茶色いリスは、ほかの誰かが話し始める前に、いつも自分の話をしました。カエルたちは、特に話したいことがないときでさえ、声をそろえてゲロゲロと鳴きました。森でいちばん賢い動物だと思われていた年老いたフクロウでさえ、話を最後まで聞かないうちに、急いで助言をすることがよくありました。
忘れられていた音
マムはウサギのように走り回ることも、鳥のように飛ぶこともできませんでした。森のすべてを見渡せるほど高くもありませんでした。だからこそ、耳を澄ます時間がたくさんありました。マムには、小川の底で小石の間をぬって流れる水の音が聞こえました。その日の風がとても強くても、乾いた葉が一枚、地面に落ちる音が聞こえました。さらに、寒くなった夜には、年老いた木の根が土の中でもぞもぞ動く音まで聞こえました。
そうした音は騒がしくありませんでしたが、どの音も一つの物語を語っていました。
ある朝、木々の枝葉の間から日の光が差し込み始めたころ、マムは森のはずれのほうから、とても小さな「カチ、カチ」という音を聞きました。その音は、誰かが扉をたたこうとしているかのように、何度も途切れながら繰り返されました。マムは音のするほうへ若葉を傾けましたが、はっきり聞き取る前に、スズメが飛んできました。
「マム、今日は、ゾウそっくりの雲を見た話を聞かせてあげるね!」スズメがさえずりました。
「ちょっと待って。今、何か聞こえたような……」
「その話、とってもおもしろいんだよ。今すぐ聞いて!」スズメはそう言うと、ますます大きな声で話し始めました。
「カチ、カチ」という音は、澄んださえずりの中に消えてしまいました。マムにはもう聞こえませんでした。
昼になると、茶色いリスが、大きなドングリを抱えて走ってきました。走りながら、こう呼びかけました。
「マム、ぼくの小さな巣がどこにあるか知らない? 巣の中にドングリを一つ隠しておいたんだけど、戻ってきたら、どこにも見当たらないんだ。」
マムは朝の奇妙な音のことを話そうとしましたが、茶色いリスは、マムに話す機会を与えないほど早口で話しました。リスは、木の根元や岩の後ろ、シダの茂みのそばまで探したことを話しました。そして、北風が巣を吹き飛ばしたのではないかと、マムに尋ねました。
「わからないよ」とマムは正直に答えました。「でも、今朝、森のはずれから音が聞こえたんだ。」
「きっとぼくのおなかの音だよ」と茶色いリスは大声で笑いました。「おなかがすきすぎて、何を聞いても変な音に聞こえるんだ。」
そう言うと、茶色いリスは走り去り、マムには、最後まで話せなかったことだけが残りました。
とても小さな助けを求める声
その日の午後、突然、風が強くなりました。灰色の雲がやってきて、太陽をすっかり隠しました。風が森を吹き抜け、木の枝を揺らし、乾いた葉をあちこちへ舞い上げました。動物たちは急いで避難場所を探しました。スズメは木のうろに入り、茶色いリスは大きな木の幹にしっかりしがみつき、カエルたちは深い水たまりへ飛び込みました。
みんなが慌ただしく動いているあいだにも、マムはまた、聞き覚えのある「カチ、カチ」という音を聞きました。今度は、音がもっとはっきり聞こえました。森のはずれの、低い茂みのすぐ下から聞こえてきたのです。たたく音にまじって、ため息のような弱々しい音も聞こえました。
「そこに誰かいるの?」マムは一生懸命に呼びかけました。
返事はありませんでした。ただ、小さな「カチ」という音だけが響きました。
マムは自分でそこまで歩いて行くことができませんでした。そこで、風のほうへ体を傾け、できるだけ大きな声で呼びました。
「年老いたフクロウさん! 森のはずれから変な音が聞こえます。誰かが助けを求めているかもしれません!」
年老いたフクロウは、雨を避けるために木のうろへ飛び込もうとしていました。マムの声を聞くと、振り返りました。
「本当かい? 風がとても強いから、枝と枝がぶつかる音を聞いただけかもしれないよ。」
「何が起きているのかは、はっきりわかりません」とマムは言いました。「でも、その音を何度も聞きました。小さくて、途切れ途切れで、枝のぶつかる音とは違います。」
年老いたフクロウは、しばらくマムを見つめました。マムがこれほど真剣な声で話すのは初めてだったので、フクロウは急いで助言をすることはありませんでした。翼を広げ、森のはずれへ飛んでいきました。スズメや茶色いリス、それに何匹かの動物たちも、興味を持って後をついていきました。
低い茂みの下で、みんなは、古い竹かごに挟まって動けなくなっている子どものハリネズミを見つけました。おそらく、そのかごはずっと前から置き去りにされていたのでしょう。かごの一方の端には、木の枝がのしかかっていました。子どものハリネズミが動こうとするたびに、竹の棒と別の竹の棒がぶつかり、「カチ、カチ」という音を立てていたのです。
「いつからここにいるの?」スズメが尋ねました。
「朝からです」と子どものハリネズミは疲れた声で答えました。「呼んだのに、通り過ぎていくみんなには聞こえませんでした。ずっとここにいなければならないのかと思いました。」
茶色いリスは、すぐに仲間たちを呼んで助けを求めました。年老いたフクロウはくちばしで枝を横へ押しのけました。子ウサギはかごの周りの土を掘りました。スズメは飛び上がり、丈夫なつる草を探しました。みんなで力を合わせてしばらく頑張ると、かごを持ち上げることができ、子どものハリネズミを森へ連れ戻しました。
森全体が耳を傾けることを学んだとき
子どものハリネズミはみんなにお礼を言い、それからマムの前で頭を下げました。
「きみがぼくの声を聞いてくれなかったら、誰もぼくがあそこで動けなくなっていることに気づかなかったと思う」とハリネズミは言いました。
マムは少し恥ずかしくなりました。自分がいつも静かにしていることが、誰かの役に立つなどとは考えたことがなかったのです。
「たまたま聞こえただけだよ」とマムは答えました。
「たまたまではないよ」と年老いたフクロウが言いました。「この森では、あまりにも小さいために、たくさんの音が聞き流されている。そうした音を聞くには、静かな時間が必要なのだ。」
動物たちは顔を見合わせました。スズメは、朝、自分があまりにも大きな声で話していたことを思い出しました。茶色いリスは、自分の話ばかりして、友だちの話を聞くのを忘れていたことを思い出しました。カエルたちも、ときには静けさが怖くて、大きな声で鳴いていたのだと気づきました。
次の日、年老いたフクロウは、すべての動物たちを小川のそばの開けた場所へ招きました。フクロウは長い話をしませんでした。ただ、みんなで数分間静かに座り、歌わず、走らず、呼び合わないようにしようと提案しました。
初めのうちは、誰もが落ち着きませんでした。スズメは何度も翼を動かしました。茶色いリスはじっと座ることに慣れていなかったので、周りを見回しました。子どものカエルが鳴こうとしましたが、お母さんにそっと肩を触れられました。
やがて、森は少しずつ静かになっていきました。
みんなには、苔の下を流れる水の音が聞こえました。蝶の羽が一輪の花に触れる音が聞こえました。朝ごはんをまだ食べていない茶色いリスのおなかが鳴る音も聞こえました。葉に残っていた水滴が地面に落ちる音まで聞こえました。
「森は、ずっと話していたんだね」とスズメがささやきました。
「ただ、前はぼくたちが話しすぎていたんだ」と茶色いリスが答えました。
それから、動物たちは小さな決まりを作りました。誰かが話しているときは、ほかの動物たちは返事をする前に、最後まで聞くように努めること。誰かが小さな声で話しているときは、大きな声で話せと言う代わりに、みんなでその近くへ行くこと。毎日の夕方には、森は静かな時間をつくり、いつも聞き流されているものに耳を傾けること。
マムも変わりました。自分は小さいから、ただ一つの場所に立っていることしかできないとは、もう思いませんでした。何かおかしなことを聞くと、マムは仲間たちを呼びました。悲しそうな動物がやって来たときには、急いで慰めたり助言したりしませんでした。その友だちが話し終わるまで、ただ耳を傾けました。
その後、子どものハリネズミはマムの親友になりました。ハリネズミはよく森の新しい道について話しに来ました。長い時間話す日もあれば、木の根元で黙って座っているだけの日もありました。マムは、ハリネズミがなぜ話さないのかを尋ねることはありませんでした。友だちのそばで静かに座っていることも、思いやりの一つなのだとわかっていたからです。
マムが子どもたちに伝えたいこと
ある日、マムがたくさんの葉をつけた若木へと成長したころ、小さな鳥が尋ねました。
「どうして、いつもみんなの話を聞いているの?」
マムは風の中で葉のついた枝を揺らし、それから答えました。
「誰にでも、話したいことがあるからだよ。とても大きなことは、聞こえやすいよね。でも、小さなこともあるんだ。そういうことに気づくには、本当に辛抱強く耳を傾けてくれる人が必要なんだよ。」
小さな鳥はしばらく考えてから、ゆっくりと飛んでいきました。その日から、鳥はもう、ほかの誰かの話を急いでさえぎることはありませんでした。耳を傾ければ、友だちのことをもっと理解できること、助けを必要としている誰かに気づけること、そして、いつも自分の周りにある美しさを見つけられることを知ったのです。
森には今も、騒がしい日があります。スズメは相変わらず歌うのが好きで、茶色いリスはよく話をし、カエルたちは今も一緒に楽しい合唱を作っています。それでも、そのさまざまな音の中には、みんながお互いの声を聞くのに十分な、広い静けさがいつもありました。
森のはずれで静かに立っていた若木のマムは、ますます高く伸びていきました。風が葉の茂みを通り抜けるたびに、森全体にやさしい葉擦れの音が響きました。それは、価値のあるものがすべて、大きな声である必要はないという、思い出させる言葉のようでした。立ち止まり、心を開いて、耳を傾けることで初めて現れるものもあるのです。
子どもたちへの教訓:耳を傾けることは、愛情を示す方法の一つです。辛抱強く相手の話を聞けば、友だちの気持ちを理解し、隠れている困難に気づき、一緒に助ける方法を見つけることができます。小さな声にも、耳を傾ける価値があります。なぜなら、その声が、とても大切な助けを求める声を届けていることがあるからです。


同じカテゴリーの記事
小さな豆と待つことを知っている庭
小さな雨粒、雲への帰り道
風鈴と音の家
飛んでいく葉っぱの約束
雨粒は小さな豆の木との約束を守る
ガジュマルの根元の小さな鐘
同じジャンルの記事
継母と継子